記憶の底に 第15話 |
ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは打ち取られた。 突如現れたエリア11のレジスタンス組織、黒の騎士団の強襲で皇宮は瞬く間に制圧され、黒の騎士団は皇帝の御璽(みしるし)を上げた。 ブリタニア軍は急ぎ全軍を上げ宮殿を包囲したが、多くの皇族を人質に取られていたため、身動きが取れず、黒の騎士団はテレビ中継を通し、ブリタニア皇帝が行っていた人体実験について公表し、たった今行われた皇帝とゼロ、そしてC.C.のやり取りを記録した映像も流した。 レジスタンスのリーダーであるゼロはブラックリベリオンで一度囚われたが、処刑される事は無かった。その頭脳は利用できると、皇帝の実験により記憶を書き換えられブリタニアの軍師として戦場にも立った。そしてこの1年の間皇帝の傀儡となっていたが、その実験の効果を弱めることのできる少女の手で救い出され、再びゼロとして戦っていた。だが、少女の力でもその効果を完全に打ち破るには至らず、皇帝の命にしたがいい、仲間の少女を撃った事、そのすべてが全世界に知られることとなった。 記憶の改竄はゼロのみではなく、ナイトオブラウンズのスリー、シックス、セブンにも行われており、自分の思い通りに記憶と心を作り替えた駒を傍に置いていた事も明らかとなった。 ラウンズまで傀儡としていたのだから、他の者もまた皇帝の傀儡として操られていた可能性が浮上し、真相を解明するための機関が立ちあげられた。 黒の騎士団は全国放送を通じ、99代皇帝に第一皇子オデュッセウスを押した。穏健派なオデュッセウスは、皇族の全員解放と、ブリタニアを植民地にしないという条件で帝位につき、先代が行っていた植民地政策を取りやめ、軍事を縮小する事を発表、各エリアは準備が整い次第順次解放されることとなった。最初に解放されるのはエリア11と呼ばれた日本だったのは、当然の流れと言える。 そこまでの約束を取り付け、絶対にその約条をたがえないという契約を皇位継承権が20以内の皇族全員と行った後、黒の騎士団は現れた時と同様、忽然とその姿をブリタニアから消した。 その1時間ほど後にはトウキョウ政庁に黒の騎士団の幹部が訪れ、日本解放の手続きを進めて行くこととなる。 これらはすべて仮面の男が下準備を終えている為、彼の意思を継ぎ、ブリタニア人とこれ以上争うことなく和解し、共に平和な世界を作るのだと、団員達は心に誓っていた。 ゼロの遺体は日本に戻ってすぐ棺に納められた。 だが、その3日後、その遺体は棺から消えていた。 新緑の髪の少女と共に。 「まったく、何でこんな面倒な手順を踏んだんだ」 C.C.は若干不貞腐れながら、干し草が積まれた荷台の上にごろりと横になり文句を言った。馬車は舗装のされていない道をガタガタと音を立てながら進んでいく。 いつまでまっても返事が無いため、この音で聞こえなかったのかと眉を寄せたC.C.は、もぞもぞと馬車の前方へ体を移動させ、手綱を握る男に再び声をかけた。 「おい、聞こえてるのか?」 麦わら帽子をかぶり、馬の手綱を握っていた男は、しつこいなと言いたげに嘆息した。そして馬の脚を緩めると、上から見下ろしている新緑の髪の少女を見上げた。 「お前はともかく俺まで不老不死となった以上、ゼロが退場する場所は必要だった。不死となった俺が上にいては新たな指導者が立てないし、皇帝がどれほど非道な事をしていたかも暴露し、ブリタニア人の感情を揺さぶる必要もあったのだから、この不死の体と、最初の死後3日蘇生しないという利点を生かすのは当然だろう」 いい加減理解しろと言いたげに眉を寄せ、再び馬の足を速めた。 馬車の荷台に座っているのは黒髪の共犯者、ルルーシュ。 コードを得、不老不死となる最後の条件に、人間としての死が必要だった。 ただの人間から不老不死者へと体を変化させるために必要な日数は3日。 神の御許、つまり黄昏の間で行えばほんの数分で変化は終わるが、外界ではそれだけの時間がかかるのだ。 全ての変化が終わるまでの間は物言わぬ屍となっている。 その事を利用し、黒の騎士団の前で皇帝に操られているふりをし、C.C.を撃ち、C.C.に討たれたのだ。C.C.も重症だったため、その後死んだことになっている。 不老不死だと知っている者もいるが、ルルーシュが死んだ以上C.C.が動く事は無い。 このまま死んだこととし、姿を消すという言葉に了承してくれた。 つまりC.C.とルルーシュはあの日、共に死んだことにしたのだ。 茶番を演じて。 ルルーシュに掛けられたシャルルのギアスはC.C.が全て解除していた。そのため、ルルーシュは自分に皇帝がギアスを掛けた内容を全て思い出していた。心の奥底に仕掛けられたギアスの仕掛けも全て。 だからそれを利用した。 事前にC.C.とルルーシュはブリタニア宮殿内に潜入し、オデュッセウスを始めとする皇位継承権20位以内の皇族と皇妃とその側近全員にギアスを掛けていた。 その後黒の騎士団を連れてV.V.を討ちとり、そのままブリタニアに攻め込んだのだ。シャルルはルルーシュが予想した通りに動き、その命を終えた。 黒の騎士団が宮殿を解放した後も、ルルーシュのギアスが掛けられた皇族達がルルーシュの望まない行動をとる事は無い。既にルルーシュのその瞳からギアスは消えているが、その効果はいまだ持続しているのだ。 「ナナリーの事はよかったのか?」 その言葉に、ルルーシュの肩がピクリと揺れた。 「・・・不老不死となった以上、共に時を重ねる事は出来ない。皇族・・・特にオデュッセウスとシュナイゼル、ギネヴィアには念入りにナナリーの事を頼んでいるから、あの子が苦しむ事は無いだろう」 皇族制度が消えたわけではないため、あの三人が一番強い力を持っている。 例え体が不自由でも、皇族として幸せに暮らしていくはずだ。 その声には淋しさと愛しさが溢れていて、馬鹿な男だと呆れながら空を見上げた。 そうだった、この男は最初からナナリーの傍を離れる覚悟をしていたのだった。ギアスを手に入れたあの日から。ナナリーが幸せなら、その傍に自分は居なくていい。 本当に馬鹿だよ、お前は。 ・・・ああ、青空が綺麗だ。 景色が綺麗だと感じたのはいつ以来だろう。 数百年ぶりな気がする。 そう思いながら空を眺めていると、何か飛行機らしきものが上空を飛んで行った。 こんな田舎に飛行機か。農場の農薬散布用だろうか? そう思っていると、その飛行物体は軌道を変え、あろうことかこちらに向かってきた。 「・・・は?」 思わず間の抜けた声を上げたのは仕方がないことだと思う。 徐々に距離を詰め、その形状が明らかになる。 白を基調とした美しい機体。 「な!?ランスロット!!」 「は!?」 C.C.は驚きの声をあげ、身を起こした事で、ルルーシュも驚き空を見上げた。 間違いなくエナジーウイングを装着し、縦横無尽に空を駆けているKMFはあの白兜・・・ランスロットだった。 ランスロットは馬車の進行方向を遮る様に、土ぼこりを捲き上げながら着陸した。 視界を遮るほどの土ぼこりに、馬は驚き、ルルーシュは慌てて馬を落ち着かせた。 KMFから降りてきたのは当然スザク。 チッと思わず舌打ちをし、ルルーシュは風で乱れた茶色のコートを直し、目深に麦わら帽子を被り、体を縮め、背を丸めた。 麦わら帽子の下には日よけを兼ねたタオルも挟めていて、一見するとただの農家の若者だ。しかもそのタオルのおかげで顔も判別しずらい。 衣服も地味な色合いで、しかも大きめ。ルルーシュなら身に着けないだろう物をC.C.が選んでいた。姿勢を丸めることで体型も全て誤魔化せるはずだ。 スザクは案の定ルルーシュには目もくれず、荷台に座るC.C.の元へ駆けより、荷台に飛び乗った。 「探したよC.C.」 「・・・何の用だ、枢木スザク」 C.C.はすっと目を細め、スザクを見た。 「ルルーシュの遺体はどこだ?」 「どこと言われてもな?私しか知らない場所だとだけ言っておくよ」 「あの遺跡か?」 「さあな。見つけてどうする気だ?」 「・・・君には関係ない」 スザクはすっと目を細めながら低い声音でそう言った。 「関係あるさ。私達は将来を誓った仲だ。あの男をどうしようと私の勝手だろう」 ふん、と鼻を鳴らしながらC.C.はスザクを見下すように言った。 将来を誓った仲。その言葉にスザクはますます顔を顰め、C.C.を睨みつけた。 「・・・ルルーシュは死んだんだ。ならば安らかに眠らせるべきだ」 「あいつは今安らかだよ。邪魔をしないでくれ」 ああ、ホントに邪魔をするな。 せっかく不自由な陸路での二人旅を楽しんでいるんだから。 「安らかなわけないだろ」 「・・・ほう、言い切ったか。一体どうしてそう思う?」 スザクが呆れたように言ったので、C.C.はどこからそんな自信が出て来るんだと内心呆れながらそう尋ねた。 「決まってるだろ?僕が傍に居ないのにルルーシュが安心して眠れるわけがない」 「は!?」 きっぱりはっきり断言された言葉に、私は思わずポカンと口を開け、今のは空耳じゃないよなと自分に問いかけた。 おそらく今頃ルルーシュも同じ気持ちだろう。 そんな私に、言わなきゃ分からないのと馬鹿にするような視線をスザクは向けてきた。 「ルルーシュが愛する僕とナナリーが傍にいて初めて彼は穏やかに眠れるんだよ」 「随分自信過剰だな。最愛のナナリーとロロは解るが、お前は敵で、ルルーシュを売った裏切り者だという事わすれてないか?」 お前今わざとロロの名前言わなかったな。 「そんな事もあったね。でも、ルルーシュなら、全ては過去、終わったことだって言って許してくれるから大丈夫だよ」 ロロは弟だなんて認めてないから僕。 スザクはそう断言した。 その声にも表情にも、何当たり前の事聞いているのという呆れが見て取れた。 何が大丈夫なんだ。 ルルーシュは、おろおろと今の状況に戸惑っている農家の人間の振りをしながら、こいつどうにかしてくれと、内心頭を抱えていた。 確かに過去の話だし、今更文句を言った所で何も変わらないが、それを口にしていいのはされた側の俺であってお前では無い!反省してないだろお前!と言いたい。言いたいが、生きている事がばれる訳にもいかない。何せ自分は不老不死。ナナリーとロロ、そしてスザクと共に生きる事は出来ないのだから。 もし知られたら・・・ナナリーとロロの元に行きたくなってしまうじゃないか。ああ、愛してるよ。ナナリー、ロロ。 軽く現実逃避をしていると、耳を疑うような発言をスザクは口にした。 「それに、将来の誓いは僕もしたよ」 「は!?」 その言葉に、C.C.は再び驚きの声を上げた。 ルルーシュも思わず声を出しそうになったが、どうにか抑える事が出来た。 「・・・いつ、どんな誓いをしたんだ?」 「ルルーシュが棺に横になっている時に、結婚の誓いを」 だって僕の嫁だし。 「は!?・・・まさかお前」 「死が二人を引き離しても愛する事をちゃんと誓ったし、口づけもしたからね」 指輪は間に合わなかったけど。 「・・・死体にか」 「死体って言わないでよ。ルルーシュはルルーシュだよ」 そういうとスザクはくすりと笑った。 ・・・こいつ、目が笑ってないぞ。 病んだ人間の、狂気を宿した瞳。 C.C.はざわりと全身に鳥肌が立ち、思わず後ずさった。 まさか死姦してないだろうな? ああ、それは大丈夫か。 私が身を清め、着替えさせた時のままでゼロの衣服に乱れは無かったな。 怖気だったのはC.C.だけではなくルルーシュもそうだったようで、今までは演技で身を縮めていたが、今は本気で身を縮め、体をさすっている。鳥肌が立っているらしい。 「お前、ユーフェミアはどうしたんだ」 「ユフィは僕の主だけど、恋人でも嫁でもないよ。あ、でもルルーシュの妹だから僕の義妹になるのかな」 いや、ルルーシュだって恋人でも嫁でもないだろう。 「結婚の誓いというのは互いの了承があって初めて成立する。一方的な誓いに意味は無い。それに私の傍にあれば、あれの美しさは永遠に損なわれる事は無いからな。土の下で醜く腐りはてる方がお前の好みだったのか?」 まあ、今も元気に生きているし、永遠に損なわれる事は無い。 だから嘘は言っていない。 「何言ってるのさ?日本は土葬じゃなく火葬だよ。埋めるのは骨にしてからだから腐るはず無いじゃないか」 スザクは呆れたように口にした。 いや、そこなのか? 「でも、ルルーシュの死体がそのまま残るのか・・・いいねそれ。で?どこにあるの?あの遺跡?」 スザクは口元にだけ笑みを浮かべ、そう尋ねた。 |